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ビーチでの東京五輪挑戦を断念…バレーボール元日本代表エース“越川優”が挑む「一発勝負」#1

2021年5月3日20:01
 男子バレーボール北京五輪代表でビーチバレーでの東京五輪を目指していた越川優選手が、五輪挑戦を断念していたことが4月22日までに分かりました。

 越川選手は2017年にビーチバレーに転向、2020年8月からは北海道旭川市及び周辺3町を本拠地とするVリーグ2部、ヴォレアス北海道に所属しインドアバレーのVリーグでプレーしながら、ビーチバレーとの「二刀流」に挑戦。東京五輪に向けては4月11日現在の開催国枠ランキングで13位、コンビを組む選手のポイントによって五輪選考ラストチャンスの日本代表チーム決定戦(5月22日〜23日、男子・大阪)出場の可能性を残していました。

 しかし、4月23日に発表された日本代表決定戦の出場メンバーに越川選手の名前はありませんでした。

 越川選手はUHBの取材に対し「(Vリーグ1部2部)入替戦が予定通り行われていればビーチバレーで五輪予選を目指すつもりだった。この日程になってしまったので五輪代表決定戦に出ることはできない」と、所属するヴォレアス北海道が大分三好と対戦する「V・チャレンジマッチ(V1・V2入替戦)」の日程が変わったため、五輪を諦めざるをえなかったと明かしました。

 V・チャレンジマッチは当初、4月3日、4日に行われる予定でしたが新型コロナウイルスの影響で一旦、中止に。1カ月遅れの5月4日、5日に開催されることになりました。

 越川選手は「コロナが現れて“人生変わった人”はたくさんいて、ぼくもその一人だと思っている」と話しました。

 「アスリート・越川優」にとってバレーを始めた時から「オリンピック」は常に目標であり、原動力でした。

 2004年のアテネ五輪では、予選直前に代表メンバーから外れる悔しい経験をします。

 そこから日本男子16年ぶりの五輪出場となった2008年の北京五輪では、中心選手として自身初のオリンピック出場を果たしました。

 翌2009年からはイタリア・セリエAでプレーし、“より厳しい環境に身を置く”ことで夢の舞台を再度目指しました。

 しかし、2012年ロンドン、そして2016年リオと目指した舞台には届きませんでした。

 だからこそ2017年、32歳でビーチバレーに転向したのも「東京五輪出場」に懸けた選択でした。

 ところが2020年、誰もが予期していなかった新型コロナウイルス感染拡大。東京五輪は1年延期となり、ビーチバレーの主要大会も相次いで中止を余儀なくされました。

 練習環境も大きく制限され、活動を支えてくれるスポンサー契約にも影を落とします。五輪を目指す活動を維持するのも難しくなっていきました。

 打開策を探り、越川選手は2020〜21年のシーズン、3年ぶりのインドア復帰を決めました。その決断の先にはヴォレアスの目標「V1昇格達成」を経由して、ビーチでの五輪挑戦…「最後の大勝負」を見据えていたのでした。

 自身のアスリート人生の原動力だった『オリンピックへの夢』を諦めて、向かおうとする戦い。越川選手を突き動かしているものとはいったい何なのでしょうかー。

 「ヴォレアス北海道というチームを選んだ時点で、もしかしたら、これがもう決まっていた人生だったのかもしれない。でも入替戦が延期になったことで、“五輪代表決定戦”よりも“この入替戦”の方が自分にとって比重が大きくなっていたことに気がついた」。

 越川優選手が入替戦を控えた心境を、北海道ニュースUHBのカメラの前で吐露し始めました。

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